可能性と後悔

わかりあえない僕たちは

お別れの詩

きみがいてくれてよかった。

ぼくの人生は、きみのおかげで救われた。

きみの寝顔。

きみの寝息。

きみの小さな肉球と簡単に取れてしまいそうな狼足。

きみの毛並み。

きみの湿った鼻。黒くてざらざらしていた。

きみのべろ。汗をかいたぼくの足をなめるのが好きだったね。

きみの耳。

きみの鳴き声。

きみは賢いからあまり鳴くことはなかったけれど、

寂しいときにはくーん、くーんって声にだしてぼくたちを呼んだね。

きみの残した爪の跡や、きみの食べなかったごはんが、

いまでもぼくたちの、そしてきみの家に残っているよ。

 

きみが草原で飛び跳ねていたのを覚えているよ。

きみが散歩を嫌がってアスファルトのうえでうずくまっていたのを覚えているよ。

きみがソファで吐いてしまったのを覚えているよ。

きみが食物油を飲んでしまって下痢をしたのを覚えているよ。

きみが近所に住む男の子と彼の庭で走り回っていたのを覚えているよ。

脱兎のごとく走り回るきみたちにとって、

小さくて汚くて雑草の茂ったあの庭は、地上の楽園だったのだろうか。

きみが初めて家に来た日を覚えているよ。

動物が苦手だったぼくは、プラスチックのケースに入れられて

不安そうなきみの鼻をおっかなびっくりさわっていたね。

きみが

きみが

きみが

 

願わくば、きみの人生も素晴らしいものであったと思いたい。

誰もいない暗い部屋で息絶えていたというきみのことを想う。

孤独に死を迎えようとしていたときにきみは何を考えていたのだろう。

きみは息絶えるまえに母に会えたのだろうか。

もう少しきみに会いにいけばよかったね。

ラム。

最期に触れたきみのからだはもう冷たかった。

まるでいつものように寝ているみたいな横顔で。

だけど寝息を立てているはずのきみのからだは嘘みたいに静かだった。

21gの隔たり。

 

木曜日にきみの夢を見た。

きみが死んだなんて嘘だったんだ、って笑いながら、

きみがぼくたちの家のなかを走り回っている夢だった。

夢から醒めたときには、

ぼくにはほんとうのことがわからなくて、

ほつれた記憶の糸を辿って、

段ボールに敷かれたタオルのうえで横たわるきみの姿を思い出した。

きみのいない世界でぼくは、きみのことを思い出して、また少しだけ眠った。