可能性と後悔

わかりあえない僕たちは

拝啓

10月10日午前3時、あなたはいかがお過ごしですか?ちゃんとご飯は食べましたか?ちゃんと歯磨きしましたか?ちゃんと愛する人に愛してるって伝えましたか?2014年10月10日の午前3時はもう2度と来ないことをあなたは知っていますか?悔いのないように生きましたか?あなたが死んだときに1番に泣いてくれる人はできましたか?
私は、私は、たぶんあなたが死んだら1番に泣きます。たとえあなたのお父さんやお母さんが1番だと言い張っても、意地でも1番は譲ってやらないつもりです。
1番泣いて、それから1番最初に「あの人こんなに早く死ぬなんて馬鹿だよなぁ」って笑い飛ばしてやるつもりです。
手紙の書き出しにしてはかなり突飛で物騒なことばかり書いてしまいました。反省しています。
ところで、最近面白い話を知りました。
帰納法問題、といいます。博識なあなたのことだからたぶん御存知で、いつも通り眉を少しだけ下げて、あまり知らないフリをして、「どんな話?教えて?」って言うのでしょう。私より詳しいクセに。まあ、そんなあなたのために説明します。人は普通、翌朝目が覚めたらベッドが砂漠に変わっているかもしれない、とか、駅だった場所が熱帯雨林になってるかもしれない、なんて話をされたら馬鹿な話だって一蹴するでしょ?けど、それは今まで人類の歴史上“そういうことは一度も起きなかった”っていう単なる帰納法的な考え方によって導かれてるだけで、翌朝、いやもしかしたら、次の一瞬に世界がなくなってしまうかもしれない可能性を否定する根拠にはなり得ないんだって。
どう、面白いでしょ?けど、私の説明でその面白さを充分伝えられた気はしないから、いつも通りそれとなく、私のプライドを傷つけないやり方で、訂正したり補足したりして下さい。
私、この話を聞いたときすごく興奮したんだけど、同時にやっぱり哲学者はダメね、って思ったの。だって、誰がベッドが砂漠になって喜ぶっていうの?それだったらもっと、翌朝目が覚めたら隣りに愛する人が寝ている可能性がある、とかそういうロマンチックな例を出した方がいいと思うのよ。だから哲学者はダメ。
あなたみたいに自分は哲学者じゃないって言い張るような人はもっとダメね。
まあ、それはいいとして、私の例、すごくロマンチックじゃない?だって、ホントはみんな気づいてないだけで、寝てる間は遠くにいるはずの愛する人が隣りにいて、目が覚めたらいなくなってるだけかもしれないのよ?そう考えると毎日ベッドで寝るのも悪くないわね。
それに、早く眠ればそれだけ愛する人と一緒にいられる時間が増えると思えば、毎日の睡眠時間がすごく充実する。
こんなこと書いてたら欠伸が出てきちゃった。もう午前3時だし。
もっともっと色んなことを書きたいと思っていたんだけど、今日はこのくらいで筆を置くことにします。私が言うのも可笑しいけれど、次の手紙を楽しみに待っていてください。たぶん遠からず、気分が乗ったら書くでしょう。


あなたが泣いて過ごす夜が少しでも減りますように。

敬具